Ludwig van Beethoven/交響曲第9番 ニ短調 op.125 〜Vol.2〜 二楽章
ベートーベンが作曲した交響曲の中で、この楽章が私は一番好きである。
勿論もっと感動する曲は多いが、好みで言えばこのScherzoが私の生命の躍動リズムに最適なのだ。
3/8で表現される形式の前半部・後半部。ほぼ同じ音型が繰り返し使用されているにも拘わらず、その普遍的躍動は衰えずにコーダまで引き継がれる。
冒頭の「テーマによるファンファーレ」的要素の8小節。これで総ては決まる。
その後に続く各楽器の展開よりTuttiで最初の動機提示になる。
この動機提示部までの間、全身の血液が沸騰するが如く私の精神肉体の躍動が内なる深層より沸き上がる。
テーマが提示されてからの展開は将にベートーベン。取っつきは「諄い音楽」などと言われてしまうほどしつこく同じテーマを展開し続ける。
その流れは一楽章からの流れであり、五番一楽章を彷彿とさせる(五番一楽章は全体の約2/3以上が例の音型である)動機の展開。
その後木管が奏する第二主題とも言うべき動機が最初の弦楽と絡み合い、中間部に雪崩れ込む。
中間部は4/4になり、ホルンやVcなどの中音域でのthemeが心地よく響く。朗々とした流れはまるでscherzoをクールダウンしているように。
中間部の4/4があるおかげで後半部のscherzoが更に激しさを増して、冒頭と同じ構成で突き進み、codaは中間部を再度奏でると思いきや、刹那終演してしまう。

この第九番では楽章毎にテーマがあり、四楽章でシラーの歌が入るまでは「各楽章の根底にあるthemeの否定」と解釈する。
ベートーベンはこの歓喜の歌を用いることにより、自らの人生での結論を表現したかったのだろうと思われる。
だからこそ、他の楽曲で使用予定であった歓喜の歌をわざわざ完成1ヶ月余前の段階で差し替えるまでしたのだろう。
完成を見たベートーベンの交響曲はこの第九番が最後の作曲になったが、実は彼は十番もスケッチしていたことは有名な話である。
彼の作曲ノートによると、実は九番が完成する前に十番のスケッチは描き始めている。彼の作曲への直向きな姿勢は現代の我々を叱咤激励しているように感じる。

その中で、ある種否定された「二楽章」だが、実はベートーベンも「その否定が無ければ歓喜には辿り着かないのだ」と言っているように、私は感じてやまない。
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